太宰治ゆかりの宿として広く知られ、船橋市内の経済界・公官庁などの宴会用途や合宿施設として幅広い層の市民に親しまれてきた玉川旅館(船橋市湊町2)が5月19日、4月末で閉鎖したことを発表した。
同館は、1921(大正10)年創業で、今年が100年目の節目だった。同館の施設は、本館・第一別館・第二別館の3つの建物が国の有形文化財として登録されている。本館は、1941(昭和16)年に完成。木造2階建て瓦ぶきで、建築面積が約20坪。
第一別館は1928(昭和3)年完成し、1948(昭和23)年に増築。木造平屋建て、瓦葺で建築面積約70坪。第二別館は1933(昭和8)年完成。木造建築、瓦葺、建築面積約99坪。いずれも、2008(平成20)年4月18日付けで国の有形文化財に登録されている。
大正ロマンを感じさせる施設の内外景観、太宰が滞在したという桔梗の間には国内外から熱烈なファンが訪れるなど、船橋市内における観光地としても有力な施設だった。
しかし主力の宴会事業は、ここ数年需要減少が見られ経営状況を圧迫。近年拡大傾向にある自然災害などから木造家屋を維持管理するコストや細かいメンテナンスの手間などでも頭を悩ませていたという。
「コロナのタイミングで3月の売り上げは半減、4月はほぼ売上ゼロの状態が続いた。時間を取って先のことを2人で相談した結果、廃業することを決めた」と、おかみの長野與子さんは寂しそうにほほ笑んだ。
同館の営業は、4月末で終了。事業はこのタイミングで廃業とし、6月から順次施設の解体工事が始まり、年内には解体が完了するという。解体後の活用などの詳細は未定だという。
19年前、同館開業80周年の記念式典と先代の80歳記念誕生日会を大広間で開催した際、「あと20年は頑張って経営しよう」と弟で代表の小川了さんと話していたという長野さん。くしくもコロナによる影響で閉鎖の決断が早まったが、「やり遂げた感覚と、残念な感覚両方がある。今はまだ建物が残っているので実感がない」と、今の気持ちを語った。
「10年ほど前から風が変わり、台風の時などは2時間かけて全館の雨戸を閉めた。木造家屋は完全に雨戸が乾いてからでなければ戸袋に締まってはいけないと先代から伝えられていた。おかげで建物には大きな損傷はないが、細かい補修などは毎日のことだった」と木造家屋の維持管理に関する苦労もこぼした。
安全面の考慮から建物内に立ち入ることはできないが、5月中は外観の撮影などにも応じる予定だという。